第30回日本心臓リハビリテーション学会「宇宙医学×リハビリテーション」での講演
こんにちは、Space Medical Accelerator (SMA) 代表、脳外科医の後藤です。
前回の更新からしばらく時間が経ちましたが、ブログでのSMA活動内容・宇宙医学の最新知見の発信を再開しようと思います。
今回は2024年7月13日に、神戸で開催された第30回日本心臓リハビリテーション学会でのシンポジウムセッション「宇宙医学×リハビリテーション」でお話した内容についてです。
心臓の専門家、つまり循環器内科の医師やセラピストの方々は宇宙医学に関する関心が高く、2023年の日本循環器学会学術集会でも宇宙医学のシンポジウムが開催されたそうです。
今回もとても多くの方にお集まりいただいたので、お話した内容を共有しようと思います。
1.現在宇宙で行われている医療について
まずは、現在国際宇宙ステーション(International Space Station: ISS)で行われている医療について説明しました。
宇宙空間で生じる主要な医学的問題は、①微小重力 ②宇宙放射線 ③閉鎖空間の3つの環境要因に分けて考えられること。
そして現在、国際宇宙ステーションで宇宙飛行士が身体機能を維持するために行っている、1日2時間・週6回の特殊器具を用いた抵抗運動と有酸素運動について、地上の運動機器を微小重力環境で活用するためにどのような改良がなされているのかなどを含めてお話しました。
続いて、やはりリハビリテーションの学会という事で、地上帰還後の回復プログラムのお話です。宇宙飛行士が帰還後にリハビリを行うことは知られていても、その詳しい内容やねらいについてはあまり知られていないかもしれません。
宇宙滞在から帰還直後の飛行士の身体特徴として、以下の2つがあります。
1つは姿勢維持の困難です。地上で人間は「視覚」「前庭感覚」「体性感覚」からの情報を統合して身体の位置を認識し姿勢を保っていますが、微小重力に長期滞在すると「前庭感覚」「体性感覚」が変化し、帰還直後にこれらの感覚をうまく統合できずに姿勢維持や歩行が困難となります。
もう1つは長座体前屈などの柔軟性、コーンの間を走り抜けるタイムなど敏捷性、移動能力が明らかに低下します。また、有酸素能力も飛行前後で15%ほど低下します。
そのため地上で当たり前に行っている「姿勢を制御する」能力と、「柔軟性」「身体の協調運動」などの能力を回復させるプログラムが組まれていることをお話しました。
「視覚」「前庭感覚」「体性感覚」の情報から姿勢を維持するメカニズムについては、こちらの記事も参考にしてください。
それからはISSで利用されている医療キットや医療機器についてのお話です。ISSの米国実験棟Destinyに装備されている、公衆電話ボックスほどの大きさの医療ラックと、宇宙で最も有用な医療機器と考えられる小型超音波(エコー)機器について、実際の活用事例について文献を紹介しながらお話しました。
エコーによる治療事例については、こちらもご覧ください。
2.宇宙での循環器系における生理学的変化
次に微小重力に入ったときの人体の生理学的変化について、循環器系をメインに取り上げてお話しました。
微小重力に入ると、血液など約2Lの水分が頭部方向へ移動する「体液シフト」が起こり、顔は丸くなり足は細くなる事がよく知られています。
これをムーンフェイス、チキンレッグといったりしますがその他に鼻が詰まった感じもあるようです。
結果、胸腔内の血液が増加することによって(大動脈弓などにある容量受容器が刺激され、体液が過剰であると判断し)抗利尿ホルモン(ADH)の分泌が抑制されます。
また、心房の筋細胞内にある心房性Na利尿ペプチド(ANP)ホルモンの分泌が促進され、利尿が起こり血液と体液量は減少し平衡状態に達するとされています(実際に数週間の宇宙滞在で10数%血液量は減少する)。
しかし、宇宙で本当に利尿が起こるかの確証はなく、水分摂取量の減少によって水分バランスが負になるためではともいわれています。
また、体液シフトによって利尿が起こると、血液が一時的に濃縮された状態になります。
このままでは血液がドロドロの状態で血の巡りが悪くなったり、血栓という血の塊ができやすくなってしまうため、血液を薄めるように赤血球数の破壊などが起こり、結果的に濃縮された血液はもとに戻り希釈化されます。
しかし、体全体では血液量は減ることになり、これが「宇宙貧血」と呼ばれる状態です。この状況は、無重力の環境に体が適応した結果とも言えます。
宇宙滞在1ヶ月で約8%、2ヶ月で約13%、3ヶ月で約16%の血液が減少し、その分だけ体重も減少します。
さらに最近、宇宙飛行中には赤血球の新たな産生を引き起こすホルモン、エリスロポエチンが過剰に産生されていることが分かってきました。
この事は宇宙ミッションの間を通して持続する赤血球の溶解、つまり宇宙滞在が長期化するほど「宇宙質血」は悪化することを示しています。
貧血は疲労やめまいなどの体調不良と密接に関係しており、今後はこの「宇宙貧血」を確実にモニターする必要がありそうです。
3.宇宙での人体影響と時間経過の関係
最後に、宇宙環境が人体に与える影響と時間変化の関係を説明します。
上の図は宇宙環境が循環器系はじめ身体の様々な器官に及ぼす影響を、横軸に「時間」をとって示した有名な図です。
一番下の線が地球環境に適応した状態、次の線は宇宙環境に適応した状態、最上段は治療が必要な状態と捉えてください。
緑色の線で示す体液やナトリウムなどの電解質、赤色の心循環系、紫色の赤血球容積などは、滞在約1.5か月で宇宙環境に適応します。
(長期滞在から帰還した場合は、この反応が逆に生じて同程度の期間を要します。)
ここで注意すべきは、平衡点に達せず、直線的に影響が大きくなる要因が2つあることです。
1つは黒い実線の骨・カルシウム代謝で、筋骨格系は対策を取らなければ直線的に萎縮が生じます。
もう1つは黒い破線の宇宙放射線で、滞在期間に比例し影響は蓄積します。
このように、人体は宇宙環境に自然順応できる機能と、そうでない部分があるということを理解しておくことが重要です。
以上、簡単ですが先日の心臓リハビリテーション学会についての発表を簡単にまとめてご説明しました。
今後も学会やイベントでお話させていただいた際には、このように簡単なまとめを発信していきたいと思います。
これからも、Space Medical Acceleratorの活動に注目ください!
参考資料
- Long-term spaceflight and the cardiovascular system. Precision Clinical Medicine, 2020. https://doi.org/10.1093/pcmedi/pbaa022
- Incidence Rate of Cardiovascular Disease End Points in the National Aeronautics and Space Administration Astronaut Corps. J Am Heart Assoc, 2017. doi: 10.1161/JAHA.117.005564
- JAXA有人宇宙技術部門 医学運用チームの仕事
- Venous Thrombosis during Spaceflight. NEJM, 2020. Venous Thrombosis during Spaceflight (sci-hub.se)
- Space Physiology and Medicine 3rd Edition, 1993
- Hemolysis contributes to anemia during long-duration space flight. Nature Medicine, 2022. https://www.nature.com/articles/s41591-021-01637-7
- 宇宙(フライト)貧血 Astronaut Anemia, SpaceFlight-related Anemia. JAXA宇宙教育センター 教材3 003.pdf (jaxa.jp)